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2008年5月20日 (火)

深川・芭蕉ゆかりの地めぐり

高校の同級生のグループで芭蕉の奥の細道の旅を計画して岐阜大垣から回り始め3回で大まかにひとまわり訪ねたが、出発地の深川が残っていたので、今回の旅行は始めに深川を訪ねました。松尾芭蕉は、延宝8年(1680)37歳のときに、江戸日本橋から隅田川と小名木川が合流する万年橋近くの草庵に移り住み、門人が庭に芭蕉の株を植える、後に深川芭蕉庵と呼ぶようになった。そして元禄2年(1689)3月曾良を伴い「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」で始まる奥の細道。岐阜大垣までの2400キロの旅に出ました。旅の始めの句は、別れを惜しむ句となった。「行く春や鳥啼き魚の目は泪
芭蕉記念館で、芭蕉についての説明を聞いてから芭蕉の肖像画や手紙、俳諧資料などの展示品をみて、シルバーガイドさんの案内で、史跡展望庭園、芭蕉稲荷神社、正木稲荷神社などまわりました。
Photo 芭蕉記念館入り口
草の戸も住み替る代ぞひなの家

Photo_5 庭園にある芭蕉庵を模したほこら
ふる池や蛙飛こむ水の音の句碑がある
Photo_3 史跡庭園・芭蕉像
夜5時~10時まで90度回転してライトアップされ、隅田川の遊歩道から眺められる。
隅田川と小名木川を一望できる水辺の風景が楽しめます。昔ここからの江戸市中と富士山も見えた。
Photo_4 芭蕉稲荷神社
大正6年の大津波の後、石の蛙が出土し、当地を「芭蕉翁古池の跡」と指定しました。
芭蕉稲荷は、大正6年に地元の人たちの手で祀られたもので、境内には、芭蕉庵跡の碑や芭蕉の句碑があります。


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コメント

何年も前に市役所で連れていってもらったのを懐かしく思い出しました。その時と余り変わらない風景で写真も文章も素晴しく楽しく拝見しました。
同じ趣味の素晴しいお友達がいらして幸せですね。

今日は
私達も観学院の人達で深川、芭蕉庵を散策しました、懐かしいです1,600年代に奥の細道なる想像もつかぬ旅に出られるのですから・・此の間 山形の蔵王にいたとき山寺によりましたら芭蕉とそらの動像がありました・静けさや岩にしみいるせみの声・・がここで詠まれたそうです。

以前文学の講座で行った事がありますが、
やはり「奥の細道」は深川と切っても切れないところですね。
それにしても、歴史に登場する人々の冥福をも祈る壮大な旅をあの時代にされたすごい俳人でしたね。
杜甫の「国やぶれて山河あり・・・」の気脈を引き継ぎ、悲劇の主人公・義経の霊を慰めめ「夏草や兵どもが夢の跡」はあまりにも有名でしたね。

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