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2008年9月28日 (日)

箱根・小田原歴史散策

9月25日富士の里市民大学歴史散策に参加し、箱根関所・小田原城天守閣を見聞してきました。この研修旅行は事前に講義を受け、当日もガイドさんが説明してくださったので、興味深く見学でき大変有意義でした。
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箱根関所 江戸口御門
箱根関所が現在の場所に置かれたのは、江戸時代の初期、元和5年(1619)のことといわれています。徳川幕府は、全国53ヶ所に関所を設けましたが、その中でも中山道の木曽福島(長野県)、碓氷(群馬県)、東海道の新居(静岡県)、そして箱根(神奈川県)の4ヶ所は、規模も大きく、もっとも重要な関所と考えられていたようです。関所の役割は、一般に「入り鉄砲に出女」を取り締まる所、つまり江戸に入る武器類と江戸から出て行く女性に対して監視の目を光らせていたと言われていますが、ここ箱根関所では、入り鉄砲検査は行っておらず、「出女」に厳しい関所という特徴がありました。
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小田原城天守閣
現在の天守閣は、昭和35年(1960)年5月に宝永時代の再建時に作成された引き図(設計図)や模型を参考に、鉄筋コンクリートで外観復元したものです。内部は、古文書、絵図、武具、刀剣などの歴史資料の展示室となっています。最上階からは相模湾が一望でき、この日も天気がよく素晴らしい眺めでした。
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銅門は、江戸時代の小田原城二の丸の表門で、明治5年に解体されるまで、江戸時代を通してそびえていました。銅門の名前は、大扉などに使われた飾り金具に、銅が用いられたことに由来します。
現在の銅門は、昭和58年(1983)から行われた発掘調査や古写真、絵図などを参考に、平成9年に復元されたもので、石垣による枡形、内仕切門及び櫓門を組み合わせた枡形門と呼ばれる形式で、本来の工法で復元されています。

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